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労災事故の裁判例:大阪地判令和6年7月31日(操作ミス型 過失相殺20%) 

2025-03-31

事案の概要

原告が、被告の工場において就業中にプレス機に指を挟まれて負傷したと主張して、債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償請求権に基づき、1731万2894円を請求した事案(タイミングを誤って、右手を離す前にフットスイッチを踏み、右手の中指がプレス機に挟まれた。)。

結論

被告は、原告に対し、1029万2894円の支払義務を負う。

理由

1 安全配慮義務違反

① 被告(会社)は、労働安全衛生規則28条及び131条に基づき、使用していたプレス機に安全装置を取り付ける措置を講じるとともに、安全装置が有効な状態で使用されるよう点検及び整備を行う義務を負っていた。また、労働安全衛生法14条、同法施行令6条7号、労働安全衛生規則134条3号に基づき、作業主任者を選任した上で、当該作業主任者に安全装置の切替キースイッチの鍵を保管させる義務を負っていた。これらの義務は、労働者の身体の安全を確保することを目的とするものであるから、当該義務に違反した場合には安全配慮義務にも違反したものというべきである。

 本件では、プレス機には安全装置が取り付けられていたが、本件事故当時、何者かが安全装置の電源を切ったことにより、本件事故が発生したと推認できる。このような事故の態様や安全装置の切替キースイッチの鍵を保管者ではない使用者が使用できる状態であったことに鑑みると、被告は、作業主任者に安全装置の鍵を保管させる義務に違反したというべきである。

 なお、被告は、原告が安全装置の電源を切ったと主張したが、同主張は裁判所に採用されなかった。

② 被告は、労働安全衛生法35条1項に基づき、プレス機を操作する従業員に対し、その雇い入れ又は作業内容変更の際に、取り扱う機械の危険性及び取扱方法、具体的な作業手順、作業開始前の点検等に関する安全衛生教育を行う義務を負っており、これに違反した場合には、安全配慮義務に違反したものというべきである。

 原告(ベトナム人)は、被告で先に働いていたベトナム人の従業員がプレス機の操作を5分程度実演する方法によりプレス機の操作方法を学んで操作するようになり、分からない点があれば、当該従業員に教えてもらって作業していた。他方で、プレス機のセッティング等の作業は他の従業員が行っており、原告にはその知識がなかった。この指導方法や時間に照らし、プレス機の危険性及び取扱方法について原告が十分な説明を受けていたとは評価できない。また、被告において、原告が理解できるベトナム語を使用した教材を活用した教育は実施されていなかったと推認できる。よって、被告は、原告に対して安全衛生教育を行う義務に違反していたものというべきである。

2 過失相殺

 原告は、遅くとも平成26年5月頃から本件事故(平成27年1月28日)までの間にほぼ毎日のようにプレス機を操作し、フットスイッチを踏めばプレス機が作動し、その際にプレス機に手を入れたらプレス機に挟まれることを認識していた。このように、原告は、本件事故までにプレス機の操作経験を少なくとも8か月間有しており、プレス機の作動範囲に手を入れることの危険性を認識していたにもかかわらず、不注意により本件事故を発生させており、本件事故につき一定の過失があったといわざるを得ない。そして、被告の安全配慮義務の内容や、指導の方法や時間に照らし、プレス機の操作について原告が十分な説明を受けていたとは評価できないこと、原告が作業を急いでいた原因が被告側の指示によるものであったこと等を考慮すると、原告の損害につき、2割の過失相殺をするのが相当である。

3 その他(後遺障害逸失利益)

 判決では、原告の後遺障害等級を12級9号に該当すると判断している。その上で、その労働能力喪失率を14%、労働能力喪失期間を33年(症状固定時34歳)と判示した。

 基礎収入に関し、原告が日本語をほとんど理解できないことを踏まえ、平均賃金相当額(402万円)を取得する蓋然性があるとは認められないとした。そして、比較的若年であること、現在、約22万円の月収を得ていることから、逸失利益算定における基礎収入としては、年収300万円(上記平均賃金の75%)蔓延と認めるのが相当であると判示した。

コメント

 原告の操作ミスによる労災事故である。判決では、安全装置の鍵に関する保管に問題があったこと、安全教育が十分に行われたとはいえないことから安全配慮義務違反を認めている。会社は、安全装置を設置するのみならず、その後の運用や安全衛生教育にも注意を払う必要があることを示唆する裁判例といえる。
 労災事故の裁判(示談)では、労働者側から、安全衛生教育を行う義務に違反していたと主張されることが多いが、本裁判例も、会社が安全衛生教育を実施したか否かを重視している。
 本件のような操作ミス型の労災事故では、過失相殺は20~40%の範囲で行われることが多いと思われるが、本件も、その範囲内で過失相殺している。

労災事故における労働者の過失(過失相殺)【会社向け】

2021-09-23

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労災事故が発生した場合、会社が事故防止措置を講じていなければ、会社は被災した労働者に対し、損害賠償義務を負うこととなります(事故防止措置が不十分であった場合も含む。)。

それでは、事故の原因が労働者側にもあった場合、労働者の全ての損害について、会社は賠償責任を負うことになるのでしょうか。今回は、労災事故における労働者の過失(過失相殺)についてご説明します。

1 過失相殺

例えば、構内事故で被災者が安全具を付けていなかった結果、労災事故に遭った場合、その事故は、会社の責任(安全教育の不徹底)と労働者の責任(安全具の不着用)が競合した結果、発生したことになります。この場合、労災事故によって発生した労働者の損害について、その責任の全てが会社にあるとはいえません。他方で、その責任の全てが被災した労働者側にあるともいえません。

このように、労災事故の原因が会社と労働者の双方にあるといえる場合には、その責任を会社と労働者の双方に案分することになります。これを、「過失相殺」といいます。例えば、事故状況から、労働者の過失が30パーセントと認められる場合には、その損害のうち30パーセント分については、会社の請求できないこととなります。つまり、会社は、労働者の過失分については損害賠償義務を免れることとなるのです。

2 過失割合の算定方法

それでは、過失割合は、どのように算定されるのでしょうか。この点については、決まった数式等が存在するわけではありません。すなわち、過失割合は、事故状況、事故原因、会社側の義務違反の内容、労働者の不注意の内容等を総合して判断されることになります。

非常に曖昧かつ抽象的な表現となってしまいますが、損害賠償の実務では、労災事故が発生した場合には、これらの事情を精査して、労働者と協議して、過失割合を決定(合意)することになります(なお、労災事故の場合には、事案にもよりますが、労働者側の過失割合は20~30パーセントとなるケースが多いというのが私の個人的感覚です。)。

3 まとめ

損害額の計算は、実務上、確立された計算式があります。これに対し、過失割合については、そのような計算式がありません。そこで、過失割合は、労働者と協議して決めることとなります。

この場合、会社は、労働者に対し、説得力のある提案を行う必要がありますが、そのためには、事故状況、事故原因、会社側の義務違反の内容、労働者の不注意の内容等を精査する必要があります。

そして、これらの情報に基づいて、労働者の過失割合を検討することになるところ、何パーセントが妥当であるかは、過去の裁判例などを参考に決める必要があります。

過失割合の検討については、裁判例の分析・検討が必要となるため、弁護士などの専門家に相談するのがよいといえます。

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